ちどりのあしあと - ■まっすぐな道は、醜い。

Home > スポンサー広告 > ■まっすぐな道は、醜い。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments:-

Comment Form

Trackback+Pingback:-

TrackBack URL for this entry
http://chidori.blog2.fc2.com/tb.php/4-521a017e
Listed below are links to weblogs that reference
スポンサーサイト from ちどりのあしあと

Home > スポンサー広告 > ■まっすぐな道は、醜い。

Home > Misc > ■まっすぐな道は、醜い。

■まっすぐな道は、醜い。

040615_road.jpg

「古くから自然に出来上がってきた村や町では、村・町に入る街路がそのまま直線的に通り抜けてしまっていることはまずない。街路は、村・町の中でカーブしたり、折れ曲がったり、T字路やY字路となったり、街の先には建物や城門・彫刻などのアイ・ストップが置かれていたりするのが普通だ。」

「実際、村や町の街路や広場にいて、村や町の中にいると落ち着いて感じられるのは、その街路(あるいは広場に入る街路)がそのまま真直ぐ外へ通り抜けてしまわないからだ。もし、街路が村や町を真直ぐ通り抜けてしまえば、村や町の印象は、近代的な道路に沿ったリボン・ディベロップメント(沿道開発地)と同じように、とても弱い不安定なものになる。リボン・ディベロップメントは醜く、不愉快だ。美しく、心に快適に感じられる街並みは、仮に広々と感じられる場合でも、村や町の外側へそのまま続いてしまうことなく。視覚的に適度に閉じられており、包み込まれているという安心感が得られる場合だ。」

『ヨーロッパ集落の景観デザインエレメント』井上 裕 グラフィック社 より

初めて通る道なのに、懐かしいと感じることがある。ああ、いい道だな、と思うことがある。おそらくそのほとんどが、古くから人々の生活と強く結びついてきた道なのだ。意気揚々と、あるいは肩を落とし、足早に、あるいはのんびりと。積み重ねられた足跡が、想いとともに道に染みついているのだ。

大船から藤沢へ向かう途中、大きな道を避けて入った裏道がそんな道だった。梅雨の合間の強い日射しの中を、バットケースを担いだ少年が自転車で走り抜けていった。

Comments:0

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://chidori.blog2.fc2.com/tb.php/4-521a017e
Listed below are links to weblogs that reference
■まっすぐな道は、醜い。 from ちどりのあしあと

Home > Misc > ■まっすぐな道は、醜い。

My Contact

Flickr
Twitter

Banners

free_rice_banner

Mail Form

名前:
メール:
件名:
本文:

Recent Comments
Recent Trackback
Links
Archives
Categories
Meta
Feeds

Page Top

QLOOKアクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。