ちどりのあしあと - 2005年06月

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2005年06月

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帰ってこいよ、ふたたび。

イラクの人々の復興を支援するために彼の地へ行っているはずの自衛隊だが、なぜか迫撃砲だとか道端爆弾だとかで攻撃される。それはおそらく、いや間違いなく、外国からやって来たテロリストの仕業なんだろう。日の丸にバッテンつけた落書きが壁に描かれたりしたけれども、あれだってイラク人の仕業であるはずがない。だってイラクの人々は自衛隊を暖かく迎えてくれているはずだから。

ところで先日の、自衛隊の車列に対して道端爆弾が爆発したあの事件。日本では自衛隊に人的被害はないと報じられたが、アラブの声MLで紹介されたイスラム・メモの特報では、日本兵2人が死亡、1人が負傷したとされている。

イスラム・メモというのは、イラク全土に数十人の通信員を配置するイラク最大の取材陣を誇るネット系報道機関で、サマーワにも通信員を常駐させているそうだ。現地の生の情報を直接すくい上げているという点で信憑性が高いともいえるが、この一件に関しては誤報だろう。以前もあったのだ。自衛隊員が死亡したという報道が。

サマーワの日本兵2人が路上の爆発物で死亡

この時は、防衛庁内局報道担当、陸上幕僚幹部報道担当、などによって誤報であることが確認されたという経緯がある。日本でのイスラム・メモの信用が失われた一つの例だ。

しかし。もしこれが本当だったらと考えずにはいられない。

死んだ自衛官は、現地で荼毘に付されるのだろうか。骨になって日本に帰ってくるのだろうか。親は、妻は、子はいるのだろうか。通夜や葬式は出せるのだろうか。英霊として靖国神社に祀ってもらえるのだろうか。

いや、おそらくは、秘密のうちにすべてが処理され、家族や関係者には厳重な箝口令が敷かれる。表だっては悲しむことも故人を偲ぶこともできない。むしろ、さも生きているかのように振る舞わなくてはならないかもしれない。いつ終わるともしれぬ苦悶の日々が続く。

今までは誤報だった。そうに違いない。しかし自衛隊に対する攻撃があることは事実。死亡報道が現実のことになる前に、日本政府は自衛隊撤退を決断してほしい。復興支援は別の形で十分できる。

Fat Dutch Man

「えー、ネットを徘徊しているといろんなものが見つかるものでして…」
「おっ!"Fat Dutch Man"だね!」

といった具合で、ご覧になった向きもあるかとは思いますが、まあなんと申しましょうか、これはいわゆる“面白フラッシュ”でございます。リンクをクリックするといきなり始まります。音が出ます。

Fat Dutch Man - Funny guy dancing Ozone's Dragostea Din Tei

見てはイケナイものを見たような気まずさと微笑ましさが同居する、なんとも魅力的な逸品でございます。

そして今日のことです。FMラジオからこの曲が流れてきたとき、私は歯医者で虫歯の治療中でした。決して微笑んではいけない状況で微笑ましい情景が脳裏によみがえり、あせる俺!ゆがむ口端!きゅいんきゅいーんとうなるドリル!危ない!あぶなーい!

もしかして、もう見てしまいましたか。まあ、それはそれで仕方がない。しかし、油断召さるな。彼は突然やって来る。こちらの都合などお構いなしに。

Flickr schwag!!

Flickr schwag!先日書いたFlickr schwagが届いたぞ!わーい!

Candle night

Candle night環境調査マンさんも呼びかけていた100万人のキャンドルナイトに参加したよ。今年で3回目のこのイベント、一応うちは皆勤賞だ~。

午後8時。お約束通り明かりを電気からろうそくに換える。夕食後ののんびりしたひととき。しかし、暗い…。洗い物をするにも不便。隣の部屋に行くのも不便。ろうそくを持って動かないと、つい電灯のスイッチに手がいってしまう。いかんいかーん。

息子が恐くてトイレに行けないと言っている。娘は明日の時間割を揃えるのに机の電気スタンドを付けている。彼女は9時からなんでも鑑定団を見始める。うーん。我が家ではキャンドルナイトの趣旨とかその辺のことが、まったく理解されていないようだな。ははは。

ロウソク3本の風呂場で息子の背中を流しながら、たまにはこんな不便な思いをするっていうのも、まあアリなんじゃねえかと考えていた。

ロウソクの明かりってすぐに消えちゃうから、動作全般をゆっくりしないといけない。これって和服を着たり下駄を履いたときにも思うことで、生活様式が暮らしのスピードを決めていくんだよなあ。スローライフのスローって、気の持ちようじゃなくて、物理的な速さのことを言っているんだよね。きっと。動きがゆっくりになるとたくさんのことってできないから、セッカチやヨクバリは大変だ。限られた時間の中でゆっくり暮らすとなると、自然に無駄を省くようになる。あれこれ抱えていたことも、到底できないと思えば手放す気にもなるんじゃないかな。

ああ、それなのに、たった2時間でこんなにイライラしてたんじゃ、俺のスローライフはいったいいつ始まるんだらう!

追記。キャンドルナイトのイベントに参加していたらしいカエラちゃんのブログにきれいなロウソクの写真が載っていたので、トラックバックしちゃおうかな。

Flip! Flip! Flip!

050615_flip!.jpg FlickrCentralで紹介されていたFlickr Album、これは楽しい!

試しに、usernameに"chidorian"、tagに"plant"と入れて"GO"をクリックしてみて。出てきたアルバムの右下にカーソルを持っていくとペロリと角がめくれるので、そこをグイーンとドラッグしてページをめくる。

ふーむ。こうしてアルバムに収まっているのを眺めると、自分の写真もちょっと高級になったようなカンジ。おまけにこれをメールで送れるんだから、もう友達に自分の写真を自慢しホーダイだ!

ユーザーネーム無しでタグだけ入れると誰かの写真をランダムに古いものから表示してくれる。何でもいい。好きな単語を入れてみよう。どんな写真がでてくるかな。そーっとめくったり早くめくったり、自分のペースで見られるのもいい。最近はもっぱらクリックばかりの私には、ちょっと懐かしい気持ちがしたよ。

Shapes

  • 2005-06-11 (Sat)
  • Misc
050611_talktalk.jpgネットでの拾いもの。電話会社のコマーシャル・スポットだ。

このページの"Advert 1: Shapes"をクリック。他にもふたつ、短めのクリップが見られるよ。

おっ、欽ちゃんの仮装大賞!と、日本人なら誰もが連想するだろうが、こっちのほうがなんかオシャレ、と思うだろうこともまた確実だ。いや、どっちがいいっていう話じゃなくて。

バックに流れている音楽は、The Polyphonic Spreeっぽいと思ったが、実はThunderclap Newmanというバンドが70年代終わりに出した"Something In The Air"という曲だった。なんとThe Whoのピートさんプロデュースで、当時の全英チャートで3週連続1位を記録した、らしい。うわ、ピートはベースも弾いてる。へぇ~。

カラフルでかわいくて、思わずにっこりした。梅雨模様の朝に、そんな気持ちをおすそわけ。

台風0504号“納沙"

昨年は台風が発生するたびに、その台風のアジア名とその由来をいろいろと調べていたんだけど、けっこうビシバシと発生するもので、調べる方がおっつかなくなって、しまいにはかなり辛かった。で、今年はスルーを決め込んでいたのだが、ありがたいことに昔書いた台風のエントリーにトラックバックをいただいたんで、その記念に、今年初めて本土に近づいている台風4号について調べてみました。(kashiwano_happaさんありがとう、そして、トラックバック返し!)

台風4号のアジア名は"NESAT(発音)"。カンボジアの命名で漁師の意味らしい。中国では”納沙”。“納沙布岬”の“納沙”だねえ。台湾では“尼莎”と書くらしい。こんなところでも中国と台湾は対立しているのか?!、なんて。

それにしても"NESAT"の発音の音声ファイル、女性の声で流れるんだけど、夜中に聞いたらちょっとひとりではトイレに行けない不気味さだ。リバーブかかりすぎていて何言ってんだか良く聞き取れないという本末転倒っぷり。以前紹介した"SARIKA"も恐いよ~!

さてさて、本題は"NESAT"の由来だ。毎度お世話になっているThe Meaning of New Tropical Cyclone Names in 2004という香港気象台のページには次のように書いてあった。
Nesat:Fishing
へ?これだけ?しかも"fishing"ってえことは、伝えられている“漁師”という意味じゃなくて“釣り”じゃん。

それじゃあってことで、"nesat"と"fishing"の関係を調べてみると、このサイトに"Robam Nesat(Fishing Dance)"というフォークダンスのことが載っていた。曰く、クメール人の農民及び漁師に伝わるもので、釣り竿やザルを持って踊るらしい。写真をよく見ると、男女のペアが確かにザルを持って踊っている。妙に楽しげだ。

熱帶氣旋消息というサイトにも
是柬埔寨所提供的熱帶氣旋名字,是捕魚的意思。
と書いてあった。個人サイトみたいだけど、この文章は引用らしく、他のサイトでも同じ記述があった。“柬埔寨”はカンボジアのこと。“是捕魚的意思”だから、やっぱり"nesat"は魚を捕らえること、すなわち"fishing"の意味があるようだ。

しかし、なぜ"fishing"を意味する言葉が“漁師”であると伝えられることになったのか。そしてそもそも、なぜカンボジアの担当者は“釣り”を意味する言葉を台風の名前にしようと思ったのか。

と、疑問は次々と湧いてくるのだが、長くなってきたので、ここから先はどなたか調べて私に結果を教えてください。お願いします。

これから先はこんな感じで、気が向いたら台風のことをとりあげることにしようっと。

Flickr Schwag 1.0, baby!

18048885_91578d8444_m.jpg今さっき郵便局から帰ってきたところ!これこれ、これを見てくれ~い!

今日のFlickr Blogに載っていた写真。Flickrのステッカーとバッジだ。これをですねえ、なんとタダでくれるっていうんだよ!いや、あくまでも私の英語力の範囲での理解だから、ひょっとしたら違っているかも、っていうくらいの出血大サービス。

新しいスタッフのHeatherによると、返信用の封筒に住所氏名等を記入してFlickrに送ってくれれば、それに入れて送るからと。え、それだけ?返信の送料はFlickrで持つから心配しないで!なんて、太っ腹にもほどがある!

F○ickrの○に入る文字は?とかのクイズもないんだよ。極端な話、アカウントを取っていない人でももらえる。応募条件ではないけれど、壁に飾りたいからあなたの住んでいるところの写真か絵はがきを送って欲しいとのこと。私は円覚寺の山門の写真を同封したよ。

返信用封筒の大きさは4.125×9.5インチのアメリカ・ビジネスサイズ10号がいいそうだ。日本なら長型3号相当の大きさ。

宛先はここ。レッツ・ゴー!
Flickr
P.O.Box 3816
Sunnyvale, CA 94088

タケノコ

Takenoko庭の隅にタケノコがニョッキリ生えたよ。隣の竹藪からの不法侵入だよ。しかしタケノコに法律云々は通用しない。即刻、警告無しで強制排除。


写真をクリックするとFlickrのページに飛びます。排除後のタケノコたちも見られるよ。

円空展

050605_enkus.jpg彼女とデートだどこ行こう、って考えた末、主に彼女の希望で、そごう美術館で開催中の円空展へ行くことになった。

円空っていうのは江戸時代の人で、生涯12万体もの仏像を彫ったといわれる遍歴の僧。彼女はその仏像がとても良いというのだが、私は正直なところ、写真をみても今ひとつピンと来なかったクチである。プリミティブといわれるようなものを否定するわけでは全くないのだが、まさに荒削りすぎて、俺でも彫れんじゃねえか的な?、ほらピカソの絵なんか見てそういうこと言う人いるでしょう。まったくなめきった態度で出かけたのであった。

だいたい生涯12万体彫ったってえのがまず眉唾ものである。一日10体ずつ彫っても33年かかるそうだ。小さなものは、木っ端に目鼻を付けただけのものもあるけれど、大きいものは人の背丈を超えるものもあるのだ。

そんな12万体のうちの5200体ほどが現在確認されているという。たったの4%にしか過ぎない。今回の展覧会では、さらにそのうちの120体が展示されている。割合にすると全体の0.1%。現存数の2%にあたる。

ひとまわりしてみて思ったのは、まあそんなに馬鹿にしたものでもないなということ。と、あくまでも不遜な態度は崩さないでおこうかな。

彼にとっての仏像は芸術品ではないのだから、極論すれば、それがたとえ木切れのままでもいいのだ。多く彫るという目標があったから、造形は時代を経るにしたがって簡略化、記号化されていく。眉と目なんかほとんどが一筋の線だ。しかし、その線は手慣れていて迷いがなく的確で力強く、美しい。ありゃ、ベタ褒めじゃないか。

眉と目が一筋の線に記号化されているのに対して、円空仏の口が意外に細かく彫られていることに驚いた。顔のパーツで通常中心となるのは目でしょう。目は口ほどにものを言うのである。しかし円空は違う。あくまでも顔の中心は口。口の表情にこだわっている。単なる口フェチと片づけてしまってもよいものか。円空仏の口に注目した論文とかあったら読んでみたい。

そしてこの口を見て頭に浮かんだのが、初代ウルトラマンの顔である。この口、激似じゃない?案外この辺を参考にデザインしたんじゃなかろうかと思ったり。円谷プロのデザイン事情に詳しい人いませんか。

煤けた像がけっこうあったが、おそらく囲炉裏のある部屋に祀られて、永年の間に煤けたのだろう。観音様に不動明王があるかと思えば、恵比寿、大黒、果てはお稲荷様や天照大神まで彫った。仏門の徒なんだけど、円空にとっては神も仏もなかったのである。神も仏もないの意味が違うか。とにかく、地べたの臭いがする、人の息吹を感じる、生活と共にあるのが円空仏であると思った。そのなんでもなさが現存率4%に現れているのかもしれない。

もうひとつ感じたのはおおらかさだ。12万体という常軌を逸した目標設定から、切羽詰まった緊張感を感じても良さそうなものだが、作り出された像は、どれも実に力の抜けた和やかなものだった。見ているうちに可笑しくなってきて、笑いをこらえるのが大変だった。本来は美術館なんかでマジメに見るもんじゃないね。でも、この機会を作ってくれたそごう美術館、ありがとう。いい勉強させてもらったよ。

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